こんにちは
出張で三重に来ています。
三重で私が連想するのが「津藩の藩祖 藤堂高虎」
築城の名人で有名な高虎も豊臣恩顧の武将でしたが関ヶ原で
徳川について明治まで藩を残した大名の一人ですね。
彼のすごさは、単に生き残っただけでなく徳川の譜代なみの
地位を築いたところだと思う。
秀吉が存命の頃から家康に近づき、すっかり信頼を得て
以来、徳川軍の「先陣」という名誉まで受けたのですから。
しかし幕末の鳥羽伏見の戦いで津藩はいきなり幕府を裏切り
桑名藩に向けて攻撃を始めました。
藩祖の生き方が藩の方針となっていたといういい見本ですね。
「裏切り」といえば日本の将棋がそれをあらわしています。
西洋のチェスでは、とられた駒はもう使えなくなりますが将棋では
自分の「飛車」や「角」がいきなり裏切り攻めてきますね。
武士道から言って変だなと思っていましたが戦国史を見ればそれが
あたりまえのようですね。
営業企画課 西浦圭司
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