こんにちは。フロントの西浦です。
今日は神戸が港町となるきっかけを作った人物「網屋吉兵衛」について
ご紹介します。
幕末までは単なる漁村であった神戸を最初に見出したのは
「勝 海舟」というのは有名な話ですね。
幕臣でありながら早くから幕府の瓦解を予見していた勝の元には
倒幕派の志士も多く集ってきて、日本の将来のために幕藩体制を超えた
海軍操練所を神戸に設立しました。
幕府の資金で設立したにも関わらず塾長はあの有名な土佐脱藩浪士
「坂本龍馬」です。
この操練所が神戸に出来て以後、漁村であった神戸は港町として
急速に成長しめるようになりました。
それを見越していた勝は、地元で自分の世話をしてくれた者に
「今のうちに土地を買っておくがいい」と助言したところ、見事に地価が
高騰し、その者は大きな利益をあげた、というエピソードもあります。
でも、そもそもなぜ勝が神戸村に目を付けたのかは意外と知られていないですね。
実は、「網屋吉兵衛」という男が原因なのです。
彼は現在の元町にあった荒物商・豊後屋に奉公中、兵庫津に来る船がすべて
讃岐国多度津にまで整備のために行かなくてはならない事を知りました。
それならばここにあった方が便利だろうという事で自分の手で作ることを
夢みたのが全ての始まりであったらしいです。
彼は、苦労して現在の新港第1突堤付近に今のドックである船たで場
(船底の貝殻や船虫などを焼く場所)を建造し、それを見た勝が整備の整った
この地に海軍操練所を作る決意をしそれが神戸の始まりとなったのです。
面白いもんですね。
フロント 西浦
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